ヤーナ・ホヤン(Jana Hojan)スロベニアからスウェーデンへ。
世界中でパデルブームが爆発的に来ている中、パデルとの出会いも十人十色。 このコーナーでは世界でパデルを楽しむパデラーの方達のパデルとの出会い、そして彼らのパデルのある生活をインタビューします。今回はスペインに次ぐ、パデル大国というわれるスウェーデンでパデルを楽しむキャリアーウーマン、スロベニア人ヤーナのライフスタイルを覗いてみます。
長身、スタイル抜群の雑誌から飛び出てきたような風貌の素敵な女性がスウェーデンで二番目に大きいヴェッテル湖が一望できる待ち合わせをしたカフェに入ってきた。
ヤーナ だ。
金曜日の夕方、仕事後の彼女とインタビューの時間を決めた。この日、いつものキャリアーウーマン風のビジネス服で来ると思いきや、ギンガムチェックのシャツにジーンズといったカジュアルルックで待ち合わせのカフェに登場した。
40分前に仕事を上がり、ダッシュで帰宅、13歳と10歳の二人の息子たちの夕飯を30分で準備してインタビューにかけてつけてくれとという。そんな忙しさを微塵も感じない落ち着いた雰囲気で彼女のインタビューは始まった。さすがキィアリアーウーマンの切り替えの良さ。
ヤーナ、スウェーデン在住11年目になるスロベニア人。40歳プラス。ご主人のウロスがサッカー選手としてスウェーデンのJönköping södra というチームでプレイをするために11年前、当時一歳半になる長男を連れてスウェーデンに移住。その移住するに当たってスポーツ選手の妻としてなんの躊躇もなかったという。
当初は育児休暇で育児をしながらスウェーデン語の学校に通う毎日だったという。当時はあまり友達もいなく、慣れないスウェーデンでの生活は孤立した生活を送っていたヤーナ。次男が2歳になった時、スウェーデンで業務管理の仕事についた。その後、彼女は順調にキャリアアップし、その部署で責任者になるのにそう時間はかからなかったという。
仕事を始めてから5年ほど経ち、新しい環境を希望し、転職をして、オペレーションマネージャとして別会社で3年間働いたが、朝6時半に家を出て午後8時半に帰宅の毎日で仕事と家庭の時間の両立が難しかったという。
パデルとの出会い···
そんな忙しい生活を送っていたヤーナだったが、2020年、パデルと出会う。コロナ(
Covid-19) がスウェーデンで本格的に襲う少し前のことだった。
ご主人のウロスが少なくとも週に一度、友達とパデルをしていた。ヤーナはパデルというものがどういうものか全くわからず、ウロスがパデルに行くといっても、いってらっしゃーい、と送り出すだけで、パデルに対して微塵も興味が無かっという。
しかし、彼女は、ある時ふと「パデルってなんだろう」と不意に疑問に思った。
そしてすぐにパデルがどんなスポーツであるかをウロスに聞くと、Wao!ボールが跳ね返ってくる、テニスのようにボールがどこかにいってしますことがないと、壁があることにとても魅了を感じそうだ。
ヤーナはボール競技を今までしたことがなかったが壁のあるコートでボールがどのように跳ね変えるのかと、ヤーナはボールの動きにひたすら興味をもった。
ウロスからパデルの話を聞いた後、ヤーナは、すぐにパデルを体験してみたいと思い、ウロスとパデルをしてみることに。思い立ったらすぐ行動は常に前を向き、進化していく人たちの必須行動だろう。
サッカー選手でスポーツの楽しさを伝えるのが、彼はどんなに上手だったのかも興味深い。
インタビューの際にもこの時の話をする彼女の目は輝いていた。
····
旦那と共に、ヤーナが初めてパデルコートを訪れた日。
まず旦那と彼の友達がプレイするのを見て、壁に跳ね返ったボールがまた打ち返えされ、スマッシュアウトでボールがコートの外に出ること、とにかくボールの動きが楽しくて仕方なかったという。
そしてヤーナは初めてパデルラケットを握り、コートに立った。そして彼女はすぐにパデルの魅力にはまっていった。
初日、サッカーでボール感覚に長けるご主人ウロスには彼女がなぜ、ボールが跳ね返ってくる方向が分からないのかが不思議に思ったいうが、彼女はひたすら練習を続けて今ではきちんと壁に当たったボールも拾うことが出来るようになった。
ボールの感覚が全く分からなかったが、一球一球が本当に楽しかった事をヤーナは今もなお、目を輝かせて初めてパデルをした日にの感動を語る。
それからしばらくは夫婦二人だけでコートを予約しウロスと練習。
その時の様子を、ヤーナは旦那が手とし足取り教えてくれた。彼は本当に忍耐力があったという。
そして徐々に彼の友達夫婦とミックス(男女のペア)やママ友時代の近所の友達で楽しむようになる。
2020年はスウェーデンのパデルブームの全盛期で、皮肉にもヨーロッパではパデルこそがパンデミんだと言われるほどだった。パデルをモチーフとしたテレビのコマーシャルが流れるなど、本当にたくさんの人がパデルをしていたので、空いているパデルコートを探すのは難しかったが、パデル仲間を探すのはそんなに難しくなったと言えるだろう。
Quick facts
- ヤーナ・ホヤン(Jana Hojan)
- スウェーデン在住11年目のスロベニア人
- 年齢40プラス
- 元ファッションモデル
- 元サッカー選手のご主人との間に現在13歳と11歳の二児の母
- キャリーウーマンとしてスウェーデンで仕事をしながらパデルを大いに楽しんでいる。
- 好きな食べ物は寿司
一年半ほど、ママ友たちとパデルを楽しむ中、楽しむだけのパデルに物足りなさを感じるようになる。
もっと上手くなりたい。ヤーナはパデルに対する更なる情熱を燃やす。
ヤーナは初めてレッスンを初級クラスで予約した。旦那にパデルを一から教えてもらい、パデルを楽しみだしてから約一年半後だった。
私は何かやる時はいつも110パーセントでやる。
仕事をするときも110パーセント、パデルをするときも110パーセント。だから、パデルで上手くできないのが、自分に対してフラストレーションになった彼女うはもっと上手くなりたいと、レッスンを続けた。
パデルを通して出会う大切な仲間たち
こうしてパデルをしていく中、当然の流れで、ヤーナはまだ物足りなく、大会やイベントに参加してみたいと思うようになり初めてアメリカーノ(日本で言われる個パデ。参加者同士とのパデル試合)に一人で応募してみる。誰も知り合いがいないアメリカーノに一人で参加した彼女はそこで彼女はのちに最高のパデル仲間となる二人の友人と出会う。彼女たちも知り合いもなく、彼女たちも同じく一人で参加していたのだ。
そしてその日のアメリカーノの後、一人で参加してきた3人はすぐに仲良くなり、定期的に一緒にパデルをするようになる。
同志を抱く仲間とタイミングよく出会ったヤーナ。何をするにも、自らの情熱に従い、真っ直ぐな心で目標に一歩ずつ歩いていく事で同じ目標を持った出会うべくして会うべきものが仲間と出会うのだろう。
パデルへの同じ情熱を持つ仲間たちとプレイすることで彼女のパデルへの向上心もレベルも更に上達してきた。
近所に住む元々パデルが上手だった相手チームにも勝つようになり、徐々に自信をつけていく。ちなみにその相手チームは一度ヤーナ夫婦に負けた日から、ヤーナの誘いには乗らなくなったと彼女は勝利の笑みを浮かべながら冗談っぽくいったが、パデルをする筆者の私もヤーナの勝ち誇った気持ちがわかる。
最初に一緒にプレイしていたママ友たちとはレベルが合わなくなり、あまり一緒にプレイしなくなったが今でも友達付き合いはあるという。
パデル仲間とのパデル旅行
一人で参加したアメリカーノでできた仲間はパデル以外でも合うようになり、パデル国内(スウェーデン)旅行、そして、その次はパデルスペイン旅行も行くようになったと楽しかった旅行用写真を見せてくれた。
彼女たちは2022年の間に国内二回ウィークンドパデル&SPA、スペイン二回(アリカンテ、バルセロナ)とパデル旅行を楽しんだ。そして5月には3泊4日のクロアチアへのパデル旅行も楽しんだ。旅行に行くときは4人で役割分担。飛行機チケット担当、ホテル担当、コーチ担当、レジャー担当など。
旅行の写真を見返しながら、旅行中の楽しい思い出話をしてくれるヤーナを見て、人生の中でいつどこでどのタイミングで素敵な仲間や人との出会いがあるか分からず、自分の置かれている場所、年齢にかかわらず、ヤーナのように常に自分の直感に正直に、そして行動していく事で新しいネットワークを築いていくのだろう。
優先順位は家族、パデルそして仕事。
仕事が忙しかったので、定期的にパデルはしていたものの、週に二回くらいだった。
家庭、仕事そしてパデルにフル活動だった彼女の2022年だったが、ある日、次男が、ママとの時間が全然ないと言われたことに気づかされ、ヤーナは一度、立ち止まった。
仕事で忙しく、正直、パデルの時間もと子育ての時間も切り詰めた時間の中で何とかやりくりしていたという。
子供の思いに気づき、ヤーナは2022の12月に仕事を変え自宅から近い職場になり、パデルの時間、子供との時間が増える。
私筆者自身、普通は、、、という言い方は好きではないのだが、ここでの普通、一般的な解決策は、子供との時間が少ないからパデルを控えると、思うかもしれないが、その考えはヤーナにはなく、パデルと子供を優先するために仕事を変えた彼女にあっぱれ。
パデルを少なくするという考えはなかったのか?と聞くと
無い、無い、無い、と即席で返答された。
『パデルは本当にたくさんのものを私に与えてくれる。精神的に、身体的に。そして何よりもパデルを初めて本当にたくさんの友達が出来た。だからパデルの時間を少なくするのでは仕事を変える選択をした。』と彼女は真剣な眼差しで話す。
私は常に自分自身がいい状態でいたい。
パデルを通して彼女は人生を学んでいる。
勝った時はもちろん喜び、負けた時は悲しまないで負けたことはもちろんフラストレーションを感じるが、そんな気持ちをトレーニングし、更によくなるために反省をし、前を向いてめげない。そんな人間の成長をもパデルを通してできる。こうしてインタビューを受けて自分のパデルの話をしても自分の成長がわかるのだと、彼女は改めて自身の変化を思い返す。
学び続けることに終わりはない。ということをパデルを通して実感。
パデルを楽しむ彼女に人間関係諸々の面倒なことはない。ただ、リーグ戦の試合は何度か試したが、両方勝ちたいがためのあまりの牙の向き合いに彼女のパデル道には合わないようで今は参加していないという。
普段のパデルでは勝ち負けより、自分との戦いでパデルを楽しみたいというのが彼女のパデルの楽しみ方のようだ。
パデルは本当にたくさんのものを私に与えてくれる。精神的に、身体的に。そして何よりもパデルを初めて本当にたくさんの友達が出来た。
スロベニアのパデル
2022年スロベニアで初めてのパデルコート。そして続き、なんと彼女の実家から3分の場所に2コートオープン。
スロベニアではまだパデルを始めたばかりの人で、女子でパデルをしている人はまだほとんどいないらしい。彼女のスロベニアの女友達もまだ誰もパデルをしている人はいないという。ということは今現在では彼女がスロベニアのパデル女子代表になる事もあり得ないことではない。
ちなみにスロベニア女子代表になりたいという夢はないのかと聞くと、二十歳でまだ独身だったら目指していたわねと微笑んだ。
メンタルケアとしてのパデル
仕事でストレスがある中で、パデルをしている時間は全てのストレスや日々の嫌なことを忘れさせてくれると、彼女にとってメンタルケアの時間でもあるようだ。
ヤーナのパデルの目標とは
…世界のトップになること。そして『嘘よ、私はパデルを始めるのが遅かったからその夢はダメね』とクールに彼女は笑った。つづきて彼女は話した。『私の目標は旦那に勝つ事だった。でももうそうの目標は果たした。しかも3ー0でね。』と勝ち誇ったようにいった。
『だから次の目標は旦那のウロスの友達がウロスではなく、彼らが私をパデルのペアや対戦相手を誘う事。それは女としてではなく、いちプレーヤーとして、私の方がウロスより強いと見なされた理由でゲームを誘われたい。』
女性が強く逞しく生きる国スウェーデンで生きるキャリアーウーマンらしい回答で何故かとても清々しい気持ちだった。
ヤーナがパデルの魅力を教えた旦那のパデルのレベルを超える日はそう遠くもないだろう。
何か日本との縁はある?
最後に質問!日本向けにパデルの記事を書くに至って、ヤーナ自身何か日本との関係は
『正直、日本との関係はあなた(筆者)との出会いが初めてよ。強いて言えば大学時代にグローバルマーケティングを勉強したときに違う国のビジネス文化を少し学んだ。
勉強しただけで実際に体験したことはないけど、日本のビジネス文化で印象的なのは目と目を見て、名刺を渡す文化や、ビジネスに公私混同をしない事、ビジネスにあまり感情を見せないなど、自分の文化と比べてとても面白かった。』と話してくれた。
最後はありきたりな質問で、日本に行ってみたい?と聞くと声のキーをワントーン上げて、もちろん!東京に行ってあの素敵な街を見てたいわ!と笑顔で答えてくれた。
長身のブロンド姿のヤーナを日本のパデルコートで見かけた時には、みなさん、ぜひ、Padelishの記事を読んだと声をかけてあげましょう。
今まで特にスポーツをしてこなかったヤーナが異国の地で新しいスポーツと出会い、そのスポーツと向き合い、自己成長を続け、同じスポーツを楽しむ仲間と出会い、楽しい時間を築いてく、まさに人生の旨みを楽しんで、輝いるヤーナとの楽しいインタビュー時間はあっという間に過ぎた。
スポーツを今まで特にしたこともない人間をこんなにも魅了するパデルの魅力は本当に面白い。
世界の人々を虜にするこパデルとのその世界のパデルライフスタイルを次回の記事をお楽しみに。